NEOMの死刑判決。 サウジアラビアの専門刑事裁判所は、テロ事件を訴追するために設立された。2008年のその創設は、王国内におけるアルカイダの爆破・銃撃の攻勢への対応として位置づけられた——国家に対して武器を取った被告のための、専属の法廷である。2022年までに、この裁判所は、建設プロジェクトのための自宅の取り壊しに反対する動画をソーシャルメディアに投稿したことを理由に、部族員に死刑を言い渡すようになっていた。裁判所の機能の変質——テロ対策から反対意見の弾圧へ——こそが、NEOMの立ち退きを法的に可能にし、道徳的に破滅的なものにした司法上の基盤である。
以下は、NEOM区域からのフワイタート族の強制立ち退きに反対したことを理由に、サウジ国家によって訴追され、判決を受け、あるいは失踪させられた、名前の判明するすべての個人の完全な記録である。すべての名前。すべての罪状。すべての判決。この記録は、ALQST、MENA権利グループ、欧州民主主義・人権センター、国連人権高等弁務官事務所、そしてビジネスと人権リソースセンターによる文書に基づく。それは、入手可能な証拠が許すかぎり完全なものである。だが、それが完全でないことは確かである。なぜなら、少なくとも19人のフワイタート族の被拘束者が、その罪状、判決、あるいは現在の状態について何の情報も公にされないまま、いまなお拘束されているからである。
裁判所
専門刑事裁判所はリヤドに置かれている。それは、テロ事件にふさわしい手続き上の保護——サウジアラビアの法制度においては、通常の刑事手続きよりも少ない保護を意味する——のもとで運用されるよう設計された。審理は非公開で行われうる。被告は取り調べの間、弁護士への接触を拒まれうる。強要のもとで得られた自白は証拠として認められうる。裁判所の管轄は、その創設以来、着実に拡大してきた。他のいかなる法制度においても政治的な反対意見、平和的な抗議、あるいは——最も極端な例では——悲嘆と分類されるであろう事案を、吸収してきたのである。
フワイタート族に対するすべての罪状は、2017年のサウジ「テロ犯罪およびその資金供与の防止に関する法律」のもとで問われた。この法律はテロを非常に広く定義しており、国家の政策への反対の行為はほとんど何であれ、その規定のもとで訴追されうる。フワイタート族の被告に科された罪状には、「テロ細胞の結成」、「オンラインの投稿を通じた国家統一の毀損」、「ツイッターのアカウントを通じて国家の結束を乱そうとしたこと」、そして「死んだテロリストへの同情の表明」が含まれた。最後の罪状で言及された「死んだテロリスト」とは、アブドッラヒーム・アルフワイティ——自宅を離れることを拒んで特殊部隊に殺害された政府職員——であり、彼の死後のテロリストへの再分類が、彼への哀悼のあらゆる表明を犯罪行為へと変えたのである。
国連の専門家は、この法律が、平和的な反対をテロと分類することを許す曖昧な規定のために「国際法に合致しているとは思われない」と述べている。国連人権理事会は2023年5月、死刑は国際法のもとで「意図的な殺害を伴う最も重大な犯罪」に対してのみ科されうると指摘した。立ち退きに関するソーシャルメディアへの投稿は、いかなる公認の法的枠組みのもとでも、その閾値を満たさない。
死刑判決
5人の男性が、NEOMの立ち退きへの反対を理由に死刑を言い渡された。うち3人は控訴審で判決が支持された。2人は有罪判決の後に強制失踪させられている。
シャドリ・アフマド・マフムード・アルフワイティは、2020年4月13日に治安部隊に殺害されたアブドッラヒーム・アルフワイティの兄弟である。シャドリは2020年後半に逮捕され、およそ2か月にわたる強制失踪を経て拘束下に再び姿を現し、テロ対策法のもとで起訴された。彼の罪状には「テロ細胞の結成」と「オンラインの投稿を通じた国家統一の毀損」が含まれた——自宅の明け渡しを拒んだ彼の家族と、立ち退きに反対する彼のソーシャルメディア上の活動を指す罪状である。
2022年5月、シャドリは獄中でハンガーストライキを行った。彼は胃管を通じて強制的に栄養を摂取させられた——抗議の一形態として食事を拒んだ判断能力のある者に対して行われる場合、国連が残虐で非人道的な、あるいは品位を傷つける取り扱いと分類してきた行為である。ALQSTは、この強制栄養補給を拷問と位置づけた。
2022年10月2日、専門刑事裁判所はシャドリに死刑を言い渡した。2023年1月23日、専門刑事控訴裁判所はその判決を支持した。この事案はなお最高裁判所の審理の対象となっている。もし最高裁判所が判決を確定すれば、シャドリは処刑に直面する——自らの家族の立ち退きと兄弟の殺害に関するソーシャルメディアへの投稿を理由にである。
イブラヒム・サーレフ・アフマド・アルフワイティは、NEOMの土地の権利取得を任された公式の委員会と面会した地元住民の代表団の一人であった。国家自身の協議手続きへの彼の参加は、その後、共謀の証拠として描き直された。彼は、自らの家族の将来について情報を求める共同体の一員として、政府の代表者たちと関わった。その関わりが、彼への起訴となった。彼は2022年10月2日に死刑を言い渡された。判決は2023年1月23日、控訴審で支持された。
アタウッラー・ムーサ・ムハンマド・アルフワイティは、立ち退かされた住民が直面していた状況——補償の不十分さ、家々の破壊、共同体の生活の崩壊——を論じる動画に映っていた。彼の証言——自らの共同体に起きていることを公然と語ろうとしたこと——が、死刑判決の根拠となった。彼は2022年10月2日に判決を受けた。判決は2023年1月23日に支持された。
スレイマン・アルフワイティは死刑を言い渡されたが、有罪判決の後に強制失踪させられている。彼の現在の所在、状態、法的な地位は不明である。サウジ当局からは何の情報も公にされていない。
ムーサ・アルフワイティもまた死刑を言い渡され、有罪判決の後に強制失踪させられた。スレイマンと同様、その消息は不明である。有罪判決を受けた囚人——その判決が司法上の記録となっている個人——の失踪は、法的な分類を拒む国家行為の一類型を表している。彼らは自由ではない。彼らは正式に拘束されているのでもない。彼らは、自らに判決を下した法制度の外の空間に存在し、その所在も取り扱いも認めない国家によって、拘束されているのである。
50年の判決
他のフワイタート族の被告に科された禁錮刑は、均衡のためではなく、抑止のために計算されていた。その刑期は、被告の生産的な生涯を超えるように設計されていた——NEOMへの抵抗が、禁錮の年数ではなく、社会からの個人の恒久的な排除によって測られる代償を伴うことを、確実にするためである。
アブドゥルイラーフ・ラシード・イブラヒム・アルフワイティは、50年の禁錮刑に続く50年の出国禁止を言い渡された。その複合的な効果は、永続的な監禁と制限の判決である——自宅の取り壊しに反対したことに対する、一人の個人の自由に対する100年にわたる国家の統制である。彼は2020年4月に最初に逮捕された者の一人であった。
アブドッラー・ダヒールッラー・アルフワイティは同じ判決を受けた。50年の禁錮刑に続く50年の出国禁止である。彼は2023年5月、国連人権理事会によって、NEOMプロジェクトに関連して差し迫った処刑または極端な判決に直面する6人の人物の一人として名指しされた。
マフムード・アフマド・マフムード・アルフワイティは35年の禁錮刑を受けた。彼はアフマド・アブドッナーセル・アルフワイティの叔父である。彼の判決は、立ち退きの受け入れを拒んだ家族の集団的な行動に対して科された。
アブドッナーセル・アフマド・マフムード・アルフワイティは27年の禁錮刑を受けた。彼はアフマド・アブドッナーセル・アルフワイティの父である。彼の判決は、兄弟のそれと同様、立ち退きへの家族の抵抗に対して科された。
学生
アフマド・アブドッナーセル・アルフワイティは、逮捕されたとき19歳であった。彼は大学生であった。彼の罪状は、「ツイッターのアカウントを通じて国家の結束を乱そうとしたこと」と「死んだテロリストへの同情の表明」であった。
「死んだテロリスト」とは、彼の叔父、アブドッラヒーム・アルフワイティであった。自宅を離れることを拒んで2020年4月13日にサウジ治安部隊に殺害された人物である。アフマドの罪は、ソーシャルメディアで叔父を追悼したことであった。サウジの法的枠組みにおいては、国家に殺害された家族への悲嘆の表明は、国家がその死者をテロリストと分類しているならば、テロ行為となる——国家が殺害の後に遡って適用し、いかなる独立した法廷も審査していない分類である。
アフマドは20年の禁錮刑を受けた。彼は19歳で刑務所に入った。もし刑期を満了すれば、彼は39歳で釈放され、亡き親族に関するツイートを理由に、生涯の半分以上を投獄されて過ごしたことになる。判決は、爆弾犯や武装した過激派を訴追するために設立された裁判所によって科された。それが適用されたのは、インターネットに文章を書いた一人の10代の若者であった。
女性
マハ・スレイマン・アルカラニ・アルフワイティは主婦であり、フワイタート族の立ち退きに関連して拘束された者のうち、判明している唯一の女性である。彼女は2021年2月2日、ドゥバの自宅で、国家治安部隊と緊急部隊が家に踏み込んだ際に逮捕された。彼女は5人の子どもの前で拘束された。最も幼い子は生後4か月であった。
彼女の逮捕は、2件のツイッターへの投稿に端を発している。一つは生活費の高さを批判するもの、もう一つはアブドッラヒーム・アルフワイティの死への哀悼を表明するものであった。この2件のツイート——一つは経済的な不満、一つは悲嘆の表明——が、彼女の犯罪行為の全体を構成した。
彼女は当初、専門刑事裁判所で審理され、1年の禁錮刑を言い渡された。控訴審では、同じ罪状で再審理された——一事不再理を禁じるサウジ法のもとでの手続き上の違反である。彼女の判決は3年に引き上げられた。その後、彼女は2022年8月に再び審理され、23年の禁錮刑に再度言い渡された。
2件のツイートに対して23年である。マハ・アルフワイティは、サウジアラビアの現代史において、女性の政治犯に科された死刑を除く最長の判決を受けたという事実を刻んでいる。彼女はジッダのダハバン中央刑務所に収監されている——家族と共同体から数百キロメートル離れた場所である。
彼女の子どもたちは、母のいないまま育てられている。治安部隊が家に踏み込んだ際にその場にいた生後4か月の乳児は、いまや5歳であり、その生涯の大半を、母が獄中にある状態で過ごしてきた。
失踪した者たち
ハリマ・アルフワイティは、NEOMのために自宅を明け渡すことを拒んだのち、2020年11月に、息子と夫とともに強制失踪させられた。彼女は一度も裁判にかけられていない。いかなる罪状も提起されていない。彼女の拘束、所在、あるいは状態についての情報は、サウジ当局から何も公にされていない。
強制失踪——国家による人の拘束と、それに続く拘束の否認、あるいは当人の消息に関する情報提供の拒否——は、国際法のもとで絶対的な禁止事項として禁じられており、緊急事態を含むいかなる状況によっても正当化されえないことを意味する。それが組織的に行われる場合、人道に対する罪と分類される。
ハリマの失踪は、Together for Justiceとサナド組織(Sanad)によって記録されており、両者はともに彼女の所在に関する情報を求めてきた。サウジアラビアはこれらの要請に応じていない。2026年4月時点で、彼女は5年以上にわたって行方不明のままである。
ALQSTの2023年2月の記録によれば、さらに少なくとも19人のフワイタート族の部族員が、その罪状、判決、あるいは現在の状態について何の情報も公にされないまま拘束されている。失踪の全容が不明なのは、サウジ政府が政治的な事案について包括的な拘束記録を公表せず、失踪した者の家族——彼ら自身が公然と語ることで訴追される危険にさらされている——が独立した調査を行えないからである。
拘束の状況
フワイタート族の囚人の拘束状況についての入手可能な証拠は断片的であり、主として人権団体と家族との接触から、また場合によっては、釈放され仲介者を通じて連絡を取ることができた囚人から得られたものである。
ALQSTと欧州民主主義・人権センターは、フワイタート族の被拘束者のあいだで、独房監禁、身体的・心理的な拷問、そして強要された自白の申し立てを記録している。シャドリ・アルフワイティの2022年5月のハンガーストライキとそれに続く強制栄養補給は、身体的な介入の最も広く記録された事例である。
強要された自白——身体的あるいは心理的な強圧のもとで引き出され、その後に証拠として認められる供述——の使用は、政治的な事案における専門刑事裁判所の手続きの構造的な特徴である。裁判所は自白の裏づけを要求せず、被告による強要の申し立ては、独立した調査もなく日常的に退けられる。フワイタート族の事案においては、強制失踪、長期の外部連絡遮断、そしてその後の自白の組み合わせが、いかなる独立した法廷も自発的なものとして受け入れないであろう状況のもとで供述が引き出されたことと整合するパターンを示している。
釈放とその限界
複数のフワイタート族の被拘束者が2024年以降に釈放されている。人権団体が部分的かつ条件付きの釈放と評してきたものである。釈放には、釈放された個人がサウジアラビアを離れることを妨げる出国禁止が伴っており——投獄を、事実上、国境内での自宅軟禁へと転じている。この出国禁止には期限がない。それは、司法審査なしに無期限に延長されうる行政上の手段である。
釈放された囚人にとって、出国禁止は、国を離れられず、亡命を求められず、国際機関の前で直接証言できず、そして自らに判決を下した裁判所の管轄から逃れられないことを意味する。釈放は物理的な監禁を取り除く。だが、それは法的な統制を取り除かない。個人は、サウジの法制度の手の届く範囲内にとどまり、再逮捕の対象となり、そして政治犯に本来であれば利用可能なはずの国際的な保護の仕組みにアクセスできないままである。
このパターンはフワイタート族の事案に固有のものではない。サウジアラビアは、釈放された政治犯、女性の権利活動家、その他の反対意見の類型に対して、出国禁止を広範に用いてきた。この仕組みは、国家が釈放を寛大さの証拠として提示しつつ、いつでも罰を再び科す能力を保持することを可能にする。
パターン
フワイタート族の訴追は、司法の行き過ぎの孤立した事例ではない。それは、先立つ10年間にわたってジャーナリスト、ブロガー、女性の権利活動家、宗教学者に対して発展させられてきたパターンを、新たな類型の被告——その領域がたまたま王室の建設プロジェクトと重なった土地の権利の擁護者——に適用したものである。
そのパターンには一貫した要素がある。すなわち、テロ対策法のもとでの広範な罪状、専門刑事裁判所での訴追、申し立てられた行為に比して甚だしく不均衡な判決、公判前拘束の間の強制失踪、法的な代理へのアクセスの制限、釈放後の出国禁止、そして手続きに異議を唱えうる独立した審査の仕組みの不在である。
フワイタート族の事案に固有なのは、訴追と商業プロジェクトとの直接的な結びつきである。彼らは、君主制の正統性に異議を唱えたために訴追された反体制派でも、女性の運転の権利を要求したために訴追された活動家でもない。彼らは、建設会社——PIFの完全子会社であるNEOM——が自らの土地を使えるようにするために、自宅を離れることを拒んだために訴追された家族である。立ち退きがいかに実行されたかの全記録は、買収工作、家宅捜索、そして部族の解体を記録している。司法制度は、国家の安全を守るためではなく、不動産取引を執行するために展開されたのである。
専門刑事裁判所の係属事案には、いまや、実際の暴力犯罪に問われた個人とともに、亡き叔父についてツイートした19歳の学生、哀悼を投稿した主婦、そして政府自身の土地収用の協議手続きに参加した男性たちが並んでいる。裁判所は、これらの被告を、国家の安全に対する同等の脅威として扱う。それが科す判決は、その分類を反映している。
説明責任の帰結
5人の男性が、ソーシャルメディアへの投稿と共同体としての参加を理由に死刑に直面している。うち少なくとも2人は、有罪判決の後に失踪させられている。2人の男性が、50年の出国禁止を伴う50年の刑に服している——それぞれ100年にわたる国家の統制である。19歳の若者が、叔父を追悼したことで20年を受けた。5人の子を持つ母が、2件のツイートで23年を受けた。少なくとも19人が、その消息についての情報もなく拘束されている。一人の女性とその家族が、2020年11月以来失踪している。
科された判決の総体——死刑、数十年の禁錮、強制失踪——は、テロリストのために設計された法律を用いる裁判所によって、その後に大幅に停止されたプロジェクトのために領域を要された共同体に対して、生み出された。フワイタート族の土地を貫くはずであった構造物であるザ・ラインは、2025年9月にPIFによって停止された。立ち退きを正当化した建設は止まった。そこから利益を得た企業は、責任を問われていない。判決は見直されていない。死刑判決は減刑されていない。囚人は釈放されていない。失踪した者は見つかっていない。
フワイタート族に対する司法上の作戦は完了した。それを動機づけた建設の作戦は完了していない。裁判所は自らの仕事を果たした。プロジェクトは自らの仕事を果たさなかった。そして、判決を受けた者たちの家族——マハの子どもたち、シャドリの親族、彼らを裁いた国家に先立つ部族の共同体——は、存在せず、決して存在しないかもしれず、そして建設「しない」ために500億ドルを要した都市のために科された判決とともに、生き続けている。
この調査は、ALQST(「The Dark Side of Neom」2023年2月、死刑判決に関する報告2022年10月および2023年1月、政治犯のプロフィール)、MENA権利グループ(アブドッラー・ダヒールッラー・アルフワイティ他の事案プロフィール)、欧州民主主義・人権センター(恣意的な拘束と不当な判決に関する報告)、国連人権高等弁務官事務所(6人を名指ししたプレスリリース、2023年5月)、UN News、Together for Justiceおよびサナド組織(ハリマ・アルフワイティの失踪の記録)、ビジネスと人権リソースセンター、Middle East Eye、Dezeen、そしてアルジャジーラによる記録に基づく。Vision2030.AIは編集上独立しており、NEOM、PIF、その他いかなる公式のビジョン2030関連機関とも提携関係にない。